著者近影

kinei_400x400

Profile

杉井光(すぎいひかる)

1978年東京生まれ。

高校卒業後、バンド活動を続けながら雀荘などでアルバイト勤務した後、ニート生活を経て2006年に『火目の巫女』で第12回電撃小説大賞《銀賞》を受賞し、デビュー。

以降、ミステリや青春小説、音楽ものなどを中心に作品を発表。

代表作と、その作品についての思い

『神様のメモ帳』

神様のメモ帳』に関しての普通の話は他のインタビューなどでさんざん語っているので、今回はこれまで一度も話したことがなかった「ミステリとしての『神様のメモ帳』」についてお話ししようかと思います。

神様のメモ帳』は、よくミステリとして紹介されますが、作者としては「ミステリの手法を借りて書いた小説」であってミステリではないと思っています。
ここで「そもそもミステリとはなんぞや」という話をしだすとサーバの容量がいくらあっても足りない上にブラウザを即閉じてしまう方も続出するかと思いますので別の機会に譲りますが、ともかく『神様のメモ帳』は厳密にはミステリではありません。

理由は二つあります。
以下の二つに着目して読んでもらえると、これから読む方はより興味深く、再読される方はまた新鮮に楽しめるのではないかと思います。

ミステリではない理由の一つ目は、フーダニットを一度も書かなかったことです。

フーダニット"whodunnit"というのは聞き慣れない方もいるでしょうが、"who [has] done it?"を縮めた複合語で、「だれがやったのか」を主眼とするミステリのことです。
いわゆる「犯人当て」というやつで、ミステリの本流だとされています。
されています――というか、僕自身がそう思っているので、本流を一度もやってこなかった『神様のメモ帳』がミステリを名乗るのは少々おこがましいと感じている、というのが正直なところです。

なぜフーダニットをやらなかったのかというと、『神様のメモ帳』がシリーズもののキャラクター小説だからです。
犯人当てミステリは、その特性上、犯人の候補になる登場人物を複数出して煙幕を張らなければいけません。ところが、メインキャラクターの魅力を詳細に描写するのを売りにしているキャラクター小説においては、登場人物が増えるとそのぶんキャラクター描写が薄まってしまいます。
かといって、じゃあメインキャラクターたちをそのまま犯人候補に使えばいいのかというと、そうもいきません。重大犯罪の犯人となったらそのキャラクターは物語から高確率で退場してしまいますから、読者としても「こいつはレギュラーだし今後使えないと作者が困るから犯人じゃないだろうな」と思って読みます。煙幕にならないのです。

したがってシリーズもののキャラクター小説でフーダニット・ミステリをやろうとしたら、
1) 読者の予想を裏切るために勇気を持ってキャラを使い捨てる
2) 予想を裏切るのはあきらめる
3) 犯人がシリーズから退場せずに済む些細な犯罪や謎を扱う

……このどれかが必要です。
僕はそのどれも選ぶ勇気がなかったので、フーダニットをあきらめたのです。

代わりに僕が用いたのはワイダニット"whydunnit"という形態です。「なぜやったのか」、動機を主眼にしたミステリのことで、犯人がだれかわかっていても驚きを提供できるので、キャラクター小説に向いています。
神様のメモ帳』のほぼ全エピソードがワイダニット・ミステリの手法で書かれています。

キャラを捨てずに済むという点の他にもうひとつ大きな利点もあり、このワイダニットという手法、クライマックスで明かされる真相が人間の心理に踏み込むものになるため、非常に「泣かせ」やすいのです。
最もわかりやすくワイダニットを用いているのが1巻です。わかりにくく用いている例では8巻の第1話などが挙げられます。読み比べてみると面白いかと思います。

ミステリではない理由の二つ目は、謎をはっきり読者に提示しない書き方をしているからです。

古式ゆかしい本格ミステリにおいては、解決編の前に「読者への挑戦状」が入る場合があります。
犯人がだれか、手がかりはすべて明かしたから当ててみろ、と作者が読者に向かって宣言するのです。

こういった本格ミステリのすごいところは、これからどういうやり方で読者を驚かせるのか前もって半分ほど明かしてしまっているところです。
「犯人がだれか当ててみろ」と言い放っておきながら犯人は予想通りの人物で動機の方が驚きでした――みたいな結末では読者は納得しません。
読者への挑戦状に典型される「なにが謎なのかを明示するスタイル」というのは、野球でいえばこれからどんな球を投げるのか予告するようなものです。
その上で「驚き」というストライクをとるわけですから、高等技術です。

僕にはそんな自信はないので、毎回毎回なにが謎なのかをはっきり書かないどころか読者の興味を謎からあえて遠ざける書き方をしてきました。
これもやはり最もわかりやすいのは1巻です。
ナルミは事件の背景でだれがなにをしていたのか調査を進めます。
おそらく読者もそれを考えながら読み進めるでしょうし、かなり多くの方々が正解にたどり着けるでしょう。

しかし前述の通り1巻の物語はワイダニットです。
アリスが再三口にしているように、「なぜ飛び降りたのか」が主眼であって、ナルミの必死の調査はまあ言ってしまえば読者の視線を逸らすためのものです。

こういったいわば「視線を逸らすためのフーダニット」は毎回用いており、『神様のメモ帳』の多くのエピソードは二段落ちになっています。

長編はどの巻もだいたい5章か6章の本編+エピローグという形式になっているのですが、本編の最後で明かされるのが「視線を逸らすためのフーダニット」の真相、エピローグで明かされるのが「本命のワイダニット」の真相、という配置が定式化されていますので、注意して読んでいただけるとまたちがった楽しみ――つまり僕が自信のないミステリ要素をどう糊塗しているのか――が見えてくると思います。
この視線逸らしの手法が最もうまくいったのは、作者としては、9巻ではないかと思っています。

僕はこの「本命の謎から視線を逸らすためにミステリっぽい事件調査を描く」という手法を、森博嗣の『今はもうない』から学びました。
だからおすすめの本にもこれを入れようかと思ったのですが、残念ながら『今はもうない』は犀川&西之園シリーズを他に何冊か読んでいないとまったく楽しめない本であり、書名を出すだけに留めさせていただきます。

杉井光のすべての作品はコチラ

杉井光の本棚

……ということでミステリからおすすめを選ばせていただきます。
神様のメモ帳』は三つの先行作品を下敷きにして書かれています。
そのうちの一つは石田衣良の『池袋ウエストゲートパーク』で、これはあとがきにも書きましたし読めばだいたいの人は気づくと思いますので、ここでは残りの二つをご紹介します。

まずは京極夏彦です。

いわゆる京極堂シリーズの、「事件を解決するのではなく解体して謎ではなくしてしまう」というスタイルが、アリスの推理スタイルの元になりました。
中でも『鉄鼠の檻』は目まいがするほどの膨大な量の情報がシンプルな真実に収斂する非常に明快な構成を持っており、たいへん参考にしました。

鉄鼠の檻
京極夏彦

そしてもうひとつがこれです。

題名にもある死者の代弁者というのは、葬式にやってきて死者の人生を代わりに語って真実を明らかにする職業のことで、この語りが京極堂のやっている「憑き物落とし」ときわめてよく似ていると気づいたとき、『神様のメモ帳』の原型が固まりました。ぜひ両者読み比べてもらえたらと思います。

なお、『死者の代弁者』は『エンダーのゲーム』という作品の直接的な続編です。
前作を読んでいないと楽しめないというタイプの話ではないのですが、『エンダーのゲーム』に関しての重要な情報を含んでしまっているので、両方楽しみたいなら絶対に前作から読むことをおすすめします。

死者の代弁者
オースン・スコット・カード

僕にワイダニット・ミステリの破壊力を教えてくれた小説であり、クリスティの中では最も好きな一編です。

解説にも「犯人はだいたい絞り込める」なんて書かれていたりして、実際に僕も(普段ミステリを読むときに推理なんてまったくせずにさらさら読むたちなのですが)犯人がだれなのかはほぼ見当がつきました。
すごいのは動機とその隠し方、伏線の敷き方です。
読み終わった後しばらく放心しました。

鏡は横にひび割れて
アガサ・クリスティー

史上最大スケールの本格ミステリで、SFでもあるのでおすすめ本を訊かれたらかなりの高確率で挙げることにしています。

メイントリックものけぞるくらいすごいのですが、僕がほんとうに気に入っているのは二段落ちの二段目です。
二段目がなかったらここまでの傑作になっていたかどうか。

二段目の真相を明かすのがそれまで鼻つまみ者ポジションだったキャラというのも気が利いています。

星を継ぐもの
ジェイムズ・P・ホーガン

麻耶雄嵩は日本のミステリ作家の中ではいちばん好きなので一本挙げろと言われるとかなり迷うのですが、今回はこれをおすすめさせていただきます。

ミステリというのは、おおむね意外な真実を明かして読者を驚かせることを主眼にしています。
読者の驚きを促すため、その真実暴露シーンでは登場人物にも驚いてもらうことが多く、『』も例外ではないのですが、なんとこの作品、意外な真実が明かされたときに登場人物と読者がまったくちがう理由で驚くのです! こんなことができるのは麻耶雄嵩くらいでしょう。

ミステリはすでにやり尽くされたなんて言われることもありますが、麻耶雄嵩の頭脳にはまだまだ新しい地平が広がっているのです。

麻耶雄嵩

まさに珠玉、という言葉がふさわしい短編集です。

光文社版とハルキ文庫版が出ており、ハルキ文庫版の方が(入手難度は高いですが)収録作が多いようです。僕が持っているのもこちらです。

表題作もすごいですが、いちばん好きなのは『桔梗の宿』という一編で、ワイダニット特有の極上の喪失感を味わえます。

戻り川心中
連城三紀彦